FC2ブログ


家に帰ってきてパソコンをつけ、どん底ブログを開いてみたらアクセス数が物凄い勢いで増加していてビックリいたしました(笑)


多くの人が今日の結果を気にして下さったことを非常に嬉しく思います。



さて、今日は午前中から病院に行き、午後から大学の方に行って、図書館で法務省のHPにアクセスしました。





結果は、不合格。僕の番号はありませんでした。





さすがにショックを受けています。合格者が少ないならまだしも、去年に比してこれだけ合格者が出た年でありながら合格できなかったのは、やはり自分の能力に限界を感じました。




ローの同期らと来年の司法試験を受けるという僕の夢は、叶わずに散りました。やはり留年した者がその年に国家公務員総合職と司法試験予備試験にダブル合格するということは、途方もなく無謀なことだったのかもしれません。



官僚にもなれず、法曹にもなれず、結局のところ地方公務員上級職というちょっぴり優等生的なポジションに納まることになりました。もちろん、留年した当初のどん底っぷりから考えると大成功なんですが、マンガや映画のような大逆転ということにはなりませんでした。




でも半年間、誰かがこの記事を読んでくれていることやたまに残されるコメントを励みに、自分の思考や心を整理しつつ、ここまで来れました。読んでくれた皆様に、本当に感謝しております。





論文の成績表が到着次第、それについての記事を書いて、どん底ブログに終止符を打ちたいと思います。




長らくのご愛顧、ありがとうございました。そして次の最後の記事でも、よろしくお願いいたします。


スポンサーサイト





いよいよだ。何だか緊張してきたというか、吐き気がしてきたというか、何も手に付かないというか(´・ω・`)



ブログを始めたのは、だいたい6ヶ月前。そこから、状況も僕自身も大きく変わった。公務員に内定し、考え方も変わり、多くのことを学んだ。どん底ではあったが、とてつもなく密度の濃い6ヶ月であった。





確かに辛い期間ではあったが、何だかんだ充実していた。人間、追いつめられると結構頑張れるものである。












先日、僕は倒れた。その時、バイト先の多くの人が介抱してくれた。





後から聞いた話によると、主に助けてくれたのは、普段は裏方で、表方の僕とはあまり話さない人達であった。話したこともない人も含まれていた。名前を聞いてもピンとこなかった。




なぜ、この時期、あの場所で倒れたのだろうか?僕の人生のシナリオを書いている人は、ここで僕に何を学んで欲しかったのだろうか?いつものように考える。




最初は、不吉な予感しかしなかった。論文発表の直前期に、田舎に帰って墓参りも済ませて、さて心の準備万端というこの時期に、なぜ。




だが、少しずつ答えらしきものが見えてきている。




僕を主に助けてくれたのは、僕とほとんど話したことのない、裏方の人達であった。そして、僕が多少復活して、バイト先に顔を出すと、裏方の人達は、「あぁ、無事でよかった‼‼元気になってよかった‼‼」と笑顔で言ってくれた。




そう、この6ヶ月間、ローの友人、学部時代の友人、高校時代の友人、両親、バイト先の店長など、多くの人に助けてもらい、どん底から復活することができた。これらの人達には、とても感謝しているし、恩人でもある。




しかし、それだけではない。僕が意識していない、名前すら定かでなかった人達も、知らず知らずのうちに助けてくれており、いざという時に力を貸してくれる。僕は何でも一人でこなそうとするところがあり、そうしてきたつもりであったが、実は常に周りから助けてもらってきたのではないか。






結局、僕一人の力と言うのは非常に微力であり、大したものではない。どん底から抜けだそうと一人で突っ走ったとしても、何も変わらなかっただろう。



最初に言った通り、この6ヶ月で状況も僕自信も大きく変わった。それは僕が努力したことの結果であると同時に、意識していない人も含めて多くの人が助けてくれた結果でもある。これから先の人生で、僕がまた何か困難に直面することになったら、その2つの面からアプローチすることで状況を打開することができると思う。一人で努力していてはダメだし、助けてもらってばかりいてもダメなのである。







そして、予備論文だ。留年してから、この壁を打ち破ることを最大の目標に努力してきた。その過程で、考えもしていなかった多くのものを得られたわけだが、最後の最後に、全てをぶつけてきたことの審判が下される。





ここまで長かったな。うん。よく頑張ったよ。






いよいよ、決着の時。



九州から帰ってきた翌日。


いつもどおり朝起きて、食パンとゼリーとコーヒーの朝飯をとり、自転車にまたがってバイト先に向かう。



バイト先について、挨拶をし、着替えを済まし、タイムカードを切る。お店に出ようとするも、何だか動悸がし、少し頭がクラクラする。この状態では、お客さんの前に出れない。まぁちょっと外の空気を吸えば治るだろう。そう思って、外に出た。




・・・・・・




・・・・・・・・・






・・・・・・・・・・・・・・・





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「きゃあ‼‼‼どうしたの‼‼!??大変‼‼‼‼ちょっと誰か来て‼‼‼‼」




そんな声が聴こえたような気がして、ぼんやりと目を開ける。何だか騒がしく、人が次々とやって来るような気配がある。




あれ?おかしいな。寝ているということは、ここはベットのはずだが、なぜ天井ではなく空があり、俺の部屋に大勢の人がいるんだ?しかも、バイトの制服を着ているのはなぜだ・・・?




起き上がろうとするが、力が入らず、誰かに起こしてもらい壁に寄り掛かって座った。ひどく頭が重いので手で頭を触れてみると、髪の毛が湿っており、手を見ると真っ赤だった。先ほどまで寝っ転がっていた場所をチラリと見ると、血の痕がある。



「救急車‼‼‼‼それとタオル‼‼」



そんな声が聴こえ、誰かが顔につたった血を拭いてくれていた。汗びっしょりなので、自分では汗なのか血なのかよくわからないのだが。



徐々に状況が飲み込めてきた。どうやら僕は気を失って後頭部を強打したようだ。こんなことは初めてであるし、体力には自信があったので、恥ずかしさと周りに迷惑をかけている自己嫌悪から、「大丈夫です。走って病院まで行きます。」とか何とか言ったが、無理矢理座らされた。今から考えれば、血だらけの男が町中を走っていたらそれこそ大迷惑な話である。




しばらくして救急車がやってきた。救急車が来るまでの間、この騒動を最小限に抑える言い訳を考えていたが、特に妙案は思い浮かばなかった。
ストレッチャー(?)に乗せられ、救急車に乗ると、血圧やら体温やら心電図やら、とにかくペタペタ体に貼られる。「上が88」「体温35度」という声が聴こえる。そうして、近くの病院に搬送された。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



そんなわけで、思いがけず病院のお世話になることになりました(´・ω・`)



その後は、なんだかよくわからない様々な検査を受け、頭部の治療をし、歩ける状態にまで回復したので病院を後にしました。先生や看護師さんの前でオシリを出すという破廉恥な検査もしてきました(=゚ω゚)ノ←




バイト先の人が救急車から病院を出るまでずっと付き添いで来てくれて、本当に感謝感謝でもう何度もお礼を言っても言い足りないというかホントもうごめんなさい(´・ω・`)



バイトのシフトも、急遽僕の代わりに出勤してもらったり、早めに出勤してもらったりと、本当にありがとうございますと言うかもうホントにごめんなさい(´・ω・`)



一人暮らしを始めてから病院に一度も行ったことがないことが一つの自慢だったわけですが、このような形でお世話になるとは。入院はしませんが、しばらく通院することになりそうです。





昨日は起き上がるだけで目まいがしたので、大人しく部屋で寝ていたわけですが、何ですかね、ずっと寝ていると身体も心も何だか弱っていきますね。先日、九州に帰ったとき祖父母が「健康が一番」としきりに言っていましたが、ホントその通りですわ。




そいういや、祖父母らの暮らしを見ていると、夜は早く寝て、朝は早起き、3食しっかり食べて、テレビ見たり談笑したりするなどゆとりある暮らしをしていました。老後の生活なんで当たり前っちゃ当たり前ですが、ゆとりある生活、大事ですね。




これまで僕はスケジュールを詰め詰めにしてしまうクセがあったのですが、今後は、時間にゆとりある生活をし、健康管理に気をつけたいと思います(´・ω・`)





予備論文発表直前の不吉な騒動でした(´・ω・`)




数日間、九州の祖父母のもとへ帰っていました。父方、母方、両者とも近いので行ったり来たりしていました。


本当に何もないリアルド田舎なので、畑仕事をするか、掃除するか、話するか、テレビみるか、それくらいしか選択肢がないわけです(´・ω・`)



さてさて、墓や家を掃除したり、壊れた網戸を直したり等は、まぁ僕でもできるわけです。




問題は畑仕事な。



収穫にはまだ早いのですが、僕が来ているので特別にサツマイモを掘ったわけです。これがうまくいんかん。イモを傷つけないように慎重に掘るわけですが、それでも傷つけたり、逆に時間がかかったり、仕舞には無理に力まかせに引っ張ってポッキリ折ってしまった((´・ω・`) )。一方、僕の1/100くらいの体力しかないであろう祖母の方がサクサクと掘り出すわけです。



祖母が夏の間に刈った草も、邪魔だから燃やしたのですが、これもただ燃やすだけなのにどうにも効率が悪い。祖母の言うとおりに燃やすと不思議とうまくいき、周囲に飛び火することもなく効率よくできました。



もちろん祖母はこれらのことを大学や本で学んだわけではなく、さらに先代からの教えや自分の経験から学びとったわけでしょうが、いやはや積み重ねられた経験とは見事なもんです。マニュアル世代の無力さよ(´・ω・`)




そんなこんなで、勉強から完全に離れ、なんともノンビリした数日間でした。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



学部2年以来なので、4年振りに帰ったわけですが、祖父母もその他の親戚も僕が顔を見せてくれたことを非常に喜んでくれました。祖母は、僕が帰って来るということで、何日も前から僕が滞在する期間中の献立を紙に書いて考えていたようです。おばさんも焼き肉に寿司にウナギと色々な御馳走を振る舞ってくれました。( ゚д゚)ゲップ


公務員に決まったことも皆非常に喜んでくれました。



墓参りした時、脇に先祖代々の墓石があるのに気が付きました。見てみると、最も古いのが「寛政○年去」とあり、まさかの江戸時代なわけです。




連綿と続く歴史の流れの中に、多くの先祖や親戚に支えられ、今の僕があるわけです。少し感動いたしました。







確かに、僕の人生は僕のものであり、どう生きようと僕の勝手なわけです。だからやりたいことをやる、法律家になりたければ司法試験を受かるまで10年でも20年でもやる、という選択肢もありなわけです。


諦めないで一つのことに努力し続けること、それは大変素晴らしいことだと思います。しかし、僕がこのまま、親戚にも両親にもほとんど誰にも会わずに10年も20年も司法試験の勉強をし続けて、それで僕の親族は僕を通して幸せを感じることができるとは到底思えません。



だからといって他人のためだけに生きることが良いとは思いませんし、しかし自分だけのために生きることが良いとも思いません。要はバランス良く生きることなのだと思います。



ましてや、法律家は、他人のために働く職業の最たるものなわけです。企業だったら、利益を出すために多少顧客を騙すことも必要だと思いますが、法律家はそうはいかんわけです。
だとしたら、自分勝手に生きるような人が、法律家になれるはずもない、司法試験に受かるはずもないわけです。



僕は、学部2年から司法試験の勉強を始めて、結構がむしゃらに勉強してきました。ローに入学してからは、ほとんど実家に帰らず、電話すらせず、勉強してきました。


しかし、僕は一人で生きているわけじゃないですし、嬉し恥ずかしいことに僕を通して幸せを感じる人が存在する、そのことを意識せずに自分勝手に勉強してれば、そりゃダメなわけです。法律家の素質ゼロです。留年するわけです。




ただ、勉強しているだけじゃダメだと、今回思いました。




そして、まず自分の周りから幸せにしていくには、何よりもまずこの戦いに短期決着をつける必要がある。短期と言っても、僕も司法試験の勉強を始めて今年でもう5年目だ。そろそろ決着の時である。



今年の予備論文には、精一杯、力を総結集させて絶対に絶対に受かると言う気持ちで臨んだ。




だからそう、勝つにせよ負けるにせよ、これで決着である。

2012.10.01 公務員の仕事


とうとう10月に入ってしまいました。ここからが早いんだろうなぁ。
このままブログを継続できるか、それとも消滅するか、どん底ブログも佳境に入っております。




今日は久しぶりに公務員ネタを。


本日は、内定先のイベントがあり、出席してまいりました。



集団討論で一緒だったメンバーの一人をようやく見つけ、さらに周りの人も取り込んで控室や移動中は大いに盛り上がっておりました。連絡先を交換し、その後、ご飯に行くなど、さっそく仲良くなれてよかったです。普通に楽しかった。



法務博士の学位をもった内定者もおりました。もちろん、司法試験やローの話をしたよwww



どうやら、法務博士の学位をもった公務員内定者もある程度いるようです。むしろ公共政策大学院出身者より多いのではないか。
そんなわけで、公務員に興味のあるロー生は、例外ルートだと思って消極的にならずにバンバン受験して活躍して欲しいですね。ブランドやスケール的に国家総合職というキャリア官僚がやっぱり魅力的でしょうが、都道府県レベルの広域自治体や市町村レベルの基礎自治体にも、活躍の場や魅力的な仕事はたくさんあると思います。



人事課の職員とも僕の適性を踏まえたキャリアプランや配属先を個別に面談し、非常に丁寧に応じて下さりよかったです。




確かに事務的な仕事も多々ありますが、経済政策や労働政策、福祉政策や政策法務をバンバン打ち出して、社会問題を解決し、国民や企業その他法人により良いサービスを提供し、日本に生まれて、この地域で育って良かったと思ってもらえるような国づくり地域づくりを目指す。このような公務員の仕事はかなり魅力的だと僕は感じます。




問題はやはりスピードが遅いのと決断力が鈍い点ですかね。思い切った決断を素早く実行できる公務員になりたいものです。




そんなこんなで、今日は同期の何人かと仲良くなれたので、これから先のイベントや仕事が始まるのが非常に楽しみになりました。政策についても個人的にもっと勉強して行こうと思いました。せっかくまだ大学の図書館が利用できるので。






明日からは数日間、九州へと旅立ちます。しばし勉強から離れ、田舎で農作業に精を出し、ご先祖様の墓をキレイに掃除して、スッキリした気持ちで予備論文の発表をむかえたいと思いますヾ(`・ω・´)